2015年6月3日水曜日

第5章 美人をあきらめていませんか

美人はほんとうに得か

 最近、メディアの呼称として人気なのが「美人すぎる○○○」。○○○には何らかの肩書きが入りますが、美人とはほど遠いイメージのアカデミックな分野との組合せになることが多いようです。「○○○を発見した研究者」であるとか「○○○という新説を発表した学者」などではなく、「美人すぎる」という冠のほうが人の目を引きつけるからでしょう。では、なぜ人は美人に注目してしまうのか。米・アリゾナ州立大学の心理学者であるヴァーン・ベッカー氏が美人に関するおもしろい実験を行ったと心理学者・内藤誼人氏が紹介しています。49人に神経衰弱ゲームをしてもらう際、使ったカードはトランプではなく人の顔写真のカード。ランダムな顔写真の中で美しい女性のカードほど早く揃ったとか。つまり、美人のほうが記憶されやすかったと言えるわけです。
 心理学で使う「魅力バイアス」という言葉があります。美男美女など見た目が魅力的な人に対して、見た目以外の要素(性格・人間性・運動神経・仕事の有能さ……など)も優れていると思い込んでしまうという、認知に生じるある種の「ゆがみ」を差した言葉。美男美女は他人からの期待値が大きくなりがちだというのは、人間心理のよくあるパターンのひとつなのです。
 こんな実験事例もあります。カナダ・セントメリーズ大学の学生、約170人を対象に強盗犯に関する裁判資料を読んだうえで裁判官のつもりで有罪か無罪の判定させるというもの(参考「スクールソーシャルワーカーだより」2014年5月号より)。学生半数には穏やかな顔をした被疑者の写真、残り半数には目つきが悪い被疑者の写真を添えました。結果、穏やかな顔の被疑者を有罪と判定した学生の割合は約52%。悪そうな表情の被疑者を有罪にしたのは約77%だったそうです。裁判資料はすべて同じ内容だったということからも、写真から受ける印象に左右されたのであろうと想像できます。
 美人は初対面の相手に対して、苦労せずとも好印象を与え、人によっては、その後もずっと好印象をキープできます。これは心理学的に言うと「ハロー効果」の成せる技。「ハロー(Halo)」は「Hello」ではなく「太陽や月の光の輪」。「ハロー効果」とは物事や人物への理解において、ある顕著な特徴があったとき、それが全体の印象にまで意識せずとも影響を与えてしまう心の動き。これは、前述の「魅力バイアス」と合わせて考えれば分かりやすいと思います。つまり、ある人の特徴が「美人」だったとき、「美人=いい人」「美人=やさしい人」「美人=上品な人」などのプラスのイメージが作られやすくなる。「美人」と認定された人が、その後どんな行動をとろうともマイナスイメージにつながりにくくなるのです。「美人は得だ」と言われるのは心理学的に説明できるわけです。
 「美人=性格がいい人」と人が考える傾向は、実験でも明らかになっています。ミルズとアロンソンが1965年に「魅力的な人はそうでない人に比べて他人対して説得力があるか」を調べました。実験で一人の女性をメイクアップで美人にした状態、逆にメークダウンして魅力のない女性にして、人数が同数の2つのグループに片方は美人、もう片方には美人ではない状態を見せました。結果、メイクアップで美人になった場合は「やさしく」「好感が持て」「陽気で」「落ち着いていて」「チャーミングで」「ファッショナブルで」「きちんとしていて」などと認知されることが分かり、人を説得する影響力の高さも見られたそうです。(出典:越智啓太著「美人の正体」実務教育出版)
 人は脳のRAS(網様体賦活系)という神経組織の働きにより、受け取った情報を独自のフィルターにかけて自分が欲しいと思っている情報だけを脳に送っているそうです。たとえば、好きだと思っている異性の声を大勢の話し声の中から聞き分けたり、自分が欲しいバッグを持っている人だけが街でもやたら目についたりと言うことはありませんか。つまり、脳の機能からしても、「美人は内面も美しい!」という思い込みがある人には、美人の良い面しか見えないことも多々あるのです。逆に「美人に性格が良い人がいる訳がない!」という価値観を持った人には、美人のマイナス面しか見えないはずです。ひとりの人間にはさまざまな面があってしかるべき。その中からどの要素をチョイスするかは、相対する人の価値観しだい。Aさんにとっては「美人で性格もきれい」な人も、Bさんから見れば「美人なだけに横柄」な人になってしまう。そのどちらも真実であり、真実ではないのです。美人でいて人気がある人というのは、誰からも性格が良いと思われるような言動を取ることに最大限の努力をしている人かもしれません。

2015年春夏街頭着装調査報告レポート完成

2014年春夏街頭着装調査報告レポートとの比較

20代から60代まで7世代に分類し、
ファッションテイストを分析したレポートです。

2015年5月28日木曜日

おもてなしファッション

東京五輪招致への最終プレゼンでいちやく流行語になった「おもてなし」。これは「もてなす」の丁寧語にあたります。「もてなす」の語源は「物を持って成し遂げる」で、物は目に見える物理的な物だけでなく、目にみえない事柄の両方を示すようです。つまり、お客さまに対す物理的・精神的、どちらも満たしたサービスを提供するという意味になるわけです。
 他者を意識して行動することが多いのが、現代の社会生活。社会の一員として望ましい行動は、他者に不快感を与えないこと。さらに有能な人であれば、他者に居心地のよい環境を作りだします。他者に居心地のよい環境づくりを考えるとき、服装のことを頭に入れている人は果たしてどれだけいるのでしょう。哲学者で大谷大学教授の鷲田清一氏は著書「ひとはなぜ服を着るのか」(ちくま文庫)で次のように述べています。「夏にお坊さんやご婦人が白い生地の上に重ね着しているあの絽や紗の黒く透けたきものです。これらを重ね着するというのは、本人にはちっとも涼しいわけではないのですから、そこにはむしろ他人への繊細な心配りがあるということでしょう。それはなにより、それを見る人の眼を涼ませるものです」。じぶんが快適であるかどうかの視点から服を選ぶのではなく、相手に心地よさを提供できる装いを選んで相手をもてなす。おもてなしのこころがDNAに刻まれている日本人なら共感を覚えるだろうし、実践することもたやすいのでは? ファッション・コミュニケーションの実践編としても、おもてなしの精神がある装いはとても有効な手段といえます。
 では、おもてなしの服装はどうやってコーディネートすればいいのか。女性がじぶんより背の低い相手と会うときはヒールの低い靴を選ぶ。相手がカジュアルなファッションを好む人であれば、じぶんもカジュアルなコーディネートにする……など、相手を観察して、相手を優位に立たせてあげられるような装いを選ぶ方法も有効です。
 次に、相手の得意とするファッションにテイストを合わせながら、少し間違えた着こなしをしてみるという裏技もあります。そして、「私、カジュアルなジャケットの着かたが分からなくて…」などと、相手からアドバイスがもらえるように会話を誘導するのです。じぶんの得意分野についてアドバイスを求められて悪い気がする人は、ほとんどいないでしょう。つまり、じぶんの弱点を敢えてさらけだし、相手の懐に飛び込むわけです。不利な状況にある相手に同情し、手を差し伸べたくなる心理を「アンダードッグ効果」といい、心理学的にも効果があるとされています。
 訪問先が会社や目的を持ったグループである場合、何らかの集団的特性を持っている場合もあるでしょう。その場合は、訪問先に特性を合わせた服装でじぶんも同化させてしまうといいでしょう。役所や堅実な企業であれば、スーツを着た人が多く働いているという特性があるため、スーツを選択すればなじみやすいでしょう。就活の定番として黒スーツが浸透しているのも、背景にこの論理があります。その場になじんで変な目立ち方をしないように、という意図があるからです。ひとり、個性的なスーツを着た人間が存在すると、その場の雰囲気が変わり、同席する企業側の人も、ほかの就活生も落ち着かない気分になることでしょう。ただ、この不協和音は黒スーツが暗黙のお約束になっているからこそ起こり得る状態。みなが思い思いの服装であれば問題はないのですが……(※私は黒スーツ定番化に意義を唱えたいので、ひと言書き添えておきます)。
 つまり、おもてなしファッションのスタートは「相手のマネをする」ことから。それには前述した五感、そして第六感を駆使した観察が大切。そして相手のファッションが意識的だろうが無意識であろうが、何を発信しているのかを感じとることでコミュニケーションの突破口が開くはずです。そして、ただ観察するのではなく、つねに「おもてなし」を意識する。相手にテイストを合わせる場合、じぶんをなくすのではなく、じぶんと相手を融合させることができれば、さらにGOOD。つまり、じぶんらしさをワンポイント入れておく。型だけをマネするよりも「こちらに共感したうえで合わせてくれている(マネしてくれている)」というメッセージの発信になり、きっと心地よさを感じてくれるはずです。
 ただし、ヒトはあからさまにマネをされると不快に感じる場合もあります。これは「じぶんの価値観を横取りされる」という心理が働き、じぶんの存在が脅かされていると感じてしまうから。マネをする際には、あからさまではなくほどほど、がポイント。なおかつ、じぶんが相手から好意をもたれていない場合は効力が発揮されません。嫌いな相手からこれ見よがしにマネをされても、心地よく感じないでしょう。
 おもてなしのファッションの根幹は、「私はあなたに好意を持っていますよ」というメッセージ。それがスムーズに伝われば、きっと相手も歩みよってくれるはず。好意を示してくれた相手には悪い感情を抱きにくいという人間の心理を「返報性の原理」と言います。そして、好意を示してくれた相手には自然と好意的な態度をとってしまう心理もあります。これは「好意の返報性」と言います。あまり好みのタイプではない異性から何度も告白されるうちに、いつの間にか好意を感じてしまうという恋愛テクニックもこの心理効果があるからこそ、成立するのです。コミュニケーションにしても、何か他のチャレンジにしても、一度うまくいかなかったからとあきらめずに突き進むことが重要。意図した結果にならなくても、能動的な行動ゆえの失敗は「成功のもと」と捉えることができ、次に進む力になるはずです。

2015年5月20日水曜日

頭の中のクローゼットは満杯であるほど、いい

 ヒトが物を選択するときに、何を基準にしているのでしょう。じぶんにとって価値があるかどうかを基準にすることが多いとは思いますが、物の価値基準は相対的なものであり、時と場合によって変動する、とてもあやふやなものです。
 ファッションにおいて、若いうちはいろいろ冒険するのが怖くない傾向にあります。年齢を重ねるごとに社会的地位があがることもあり、無難なファッションを心がけるあまり、自分らしさをおさえ過ぎているファッションのヒトも少なくありません。何もアバンギャルドなファッションをする必要はありませんが、ときにはトレンドに目を向けるなど、新しいファッション・テイストを取り入れてみることも必要です。
 私は、かつて帽子メーカーで社内セミナーを半年ほどさせていただいたことがあります。勉強も兼ねて、そのとき毎月1つずつ帽子を新調しました。そして、じぶんに似合う帽子がどんなものか分かるようになり、それまでは食わず嫌いだった帽子がとても好きになったのです。私のクローゼットに帽子という新たなアイテムがプラスされることで、ファッションのキャパシティが広がりました。近頃は断捨離がブームでクローゼットの中身を減らすほうがいいという風潮になっていますが、頭の中のクローゼットは中身がいっぱいであるほうがいい。ファッションの経験において、ムダになることはひとつも無いのです。若気のいたりもおおいに結構。「あのときの、あのコーディネートは失敗だったな〜」と思っても失敗したことが分かっていれば、それはいい経験にひとつ。玉川大学脳科学研究所の松元健二教授のグループは、「自分で選んだ感覚=自己決定感」があると、失敗を成功のもとと捉え、やる気が高まり課題成績も向上する脳のしくみについて明らかにしています。ヒトが悪いことや失敗と捉える経験をしたとき、脳の「前頭前野腹内側部」の活動が低下するそうです。実験において、自己決定感があったヒトはミスをしたときもこの「前頭前野腹内側部」の活動の低下が見られなかったのです。このことから、じぶんで選んだ結果、失敗してもポジティブに捉えることができる脳内メカニズムがあることが示唆されるとあります。
 トーマス・エジソンの有名なエピソードがあります。電灯の発明の途中、フィラメントにふさわしい素材が見つかるまで約6000種類もの素材を試したそうです。ある記者が「これだけ失敗したのに続けるのですか?」と質問したときのエジソンの答えは「私は失敗したのではなく。フィラメントにふさわしくない素材を見つけただけです」だったといいます。ヒトは失敗したときに、恥ずかしさを感じたり、じぶんを責めたりしがちです。でも、エジソンのように180度考えかたを返れば、失敗は目標に到達するための1ステップに過ぎないのです。くじけない心が天才をつくり、偉業達成への力となるのです。

2015年4月22日水曜日

キーワードは「共感力」

 共感力という言葉をご存知でしょうか? デジタル大辞泉・第三版(小学館)によると「他人の考え・行動などにまったくそのとおりだと感ずること。同感」「他人の体験する感情を自分のもののように感じとること」とあります。共感力とは、一般的に共感する能力のこと。つまり、相手の思いを的確に汲み取った上で行動できる力であり、共感力のある行動によって相手から「この人はよく分かっている」と信頼を得られるため、ビジネスシーンはもとより社会生活において重要なスキルだと注目されています。
 ファッションにおいても共感力は密接な関係にあります。たとえば、学校の新年度、新しいクラスメイトと顔を合わせたとき、「この人、いい感じだな」「この人と仲よくなれそう」と感じられる人がいたとします。そのとき、人は何を基準に判断しているのか。ほとんどが相手の外見のはずです。つまり「仲良くなれそう」だと感じた人間のファッションに共感しているのです。
 アメリカの有名なイメージ・コンサルタントであるジョン・T・モロイ氏は、教師の服装が教室の生徒の学習能力に影響を与えるかどうかについて調査した結果を著書で紹介しています。中高生たちは「カジュアルなファッションの先生が親しみやすく、好感がもてる」と口では言っていたものの、実際に授業中に熱心な態度をとったのはコンサバティブな服装の教師に対してだったそうです。おもな理由は「コンサバティブな教師は採点が厳しいだろうと思い、マジメに授業を受けた」でした(ジョン・T・モロイ著「ミリオネーゼのファッション・ルール」(ディスカバー・トゥエンティワン)参照)。この結果をふまえて、教師が「コンサバティブな服装をしたほうが生徒に与える影響力が強いだろう」という選択をしたら、共感力という戦術を利用することになるわけです。
 女性は意識せずとも、ふだんからファッションに共感力を利用しています。それは、有名ブランドのアイテムを身につけること。エルメスのケリーバッグしかり、シャネル・スーツしかり、ロレックスの時計しかり……。ひと目でハイ・ブランドだと分かるアイテムを身につけることで、「リッチである」「ファッションにこだわりがある」などのメッセージを発信しています。このようにファッションは、イメージ戦略としては言葉よりも有効と言えるのです。

 ただ、たんにハイ・プランドのアイテムを身につけるだけではメッセージは一方通行になってしまう場合も。相手によって「リッチなことを自慢しているの?」と受け取られる可能性もあるからです。共感力をファッション・コミュニケーションのツールにしたい場合は、相手の好みに沿ったコーディネートを心がける必要があります。相手が好きなブランドのアイテムを身につける。きれいにネイルが施された手をしていると思ったら、次回はじぶんもサロンでネイルをしていく。帽子好きな人であれば、帽子をかぶっていく。など、相手に「あれ? 同じものに興味があるのかな? 話しが合うかも」と思ってもらうことでじぶんに関心を持ってもらえれば、次のステップに行きやすくなります。好感を持ってもらえる会話術としては、相手のしぐさや話すスピード、声のトーンなどを鏡のようにマネする「ミラーリング」の実践も効果的。より、相手をリラックスさせることができるので「この人と話すのは楽しいな」という雰囲気づくりに役立ちます。

2015年4月15日水曜日

五感を駆使したコミュニケーションとは


 前段では第六感について考察しましたが、ここからは人間の基本的な感覚である五感について考えてみます。五感とは「視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚」の感覚器官とするのが一般的。これら5つの感覚は外界からの情報を体の機能から直接受けるための、いわばアンテナであったり、チューナーなどの受動装置。これだけでは、目に見える風景や聞こえてくる音は、ヒトにとってあまり意味は持ちません。たとえば、だれもが美しいと感じる光景であっても、「美しい」という意味がプラスされるのは「知覚」があってこそ、なのです。外部から取入れた情報に、経験や知識をもって情報処理をして「美しい」「なつかしい」「危険だ」などとヒトが感じることを「感覚知覚心理学」と言います。つまり、「感覚」と「知覚」があってこそ、物事には意味が生じるわけです。また、知覚は主観にも左右されるため状況によって、同じ外界刺激を受けたとしてもそのつど、多少の違いが生じるのです。
 
 たとえば、次の図Aを見たとき、2つの図形の中心にある横線が同じ長さに見えるヒトはいないはずです。有名な「錯覚」の図式ですね。これは左右の線画の影響を受けて線の長さに長短を感じてしまうのですが、そこには知覚の働きがあるわけです。







(図A)ミュラー・リヤーの錯覚
 つまり、コミュニケーションにおいてビジュアルのみで相手に好印象を与えるのは、なかなか難しいと言わざるをえません。何か、プラスαがあったほうがいいわけです。
 マーケティング戦略に「ブランディング」というものがあります。すごく簡潔に言うならば、ブランド力を高めるための広報活動や製品開発なども含めた企業活動のこと。たとえば、ファッショニスタと呼ばれる有名タレントが愛用するブランドであれば、「おしゃれなブランド」と認知され、売り上げにもつながります。よく、高速道路のサービスエリアでご当地グルメを実演販売しているのも、ブランディングのひとつ。おいしそうなニオイや音でアピールをし、購買意欲をそそるという手法です。これらブランディングは、ヒトの感覚知覚心理学の実社会における実践・応用編と言えるでしょう。これは、コミュニケーションで相手に与える印象操作に役に立ちそうではありませんか?
 
 人間の五感と記憶の密接な関係についてもう少しくわしく見てみましょう。まず、視覚ですが、これは目で見たヒトや情景がそのまま映像として記憶され、似たような状況に遭遇した際「前にもこんなことが……」とフラッシュバックされることがあります。コミュニケーションに応用するとすれば、じぶんの印象を残したい場合、いつも同じ(ような)服装でいる・髪型(カラーも含めて)を変えない・同じ高さの靴を履く(身長に変化が出ないように)……など、覚えてもらうまでは外見のパターンを変えないことです。
 聴覚はとても優れた人間の器官です。心理学に「カクテルパーティー効果」という現象があります。大勢の人間がいるパーティ会場などで、離れた場所にいる違うグループのヒトがじぶんに関係がある単語を発していることを聞き分けられる現象のこと。これは人間だから可能なのであってコンピューターでは難しい作業なのだそう。コンピューターの音声認識ソフトなどは静かな場所でないと情報処理ができないのです。人間の脳は聴覚から入る情報処理がとても速く、一説には視覚情報の処理よりも速いと言われるほどです。昔、よく聴いた曲を久しぶりに聴くと当時の思い出がよみがえる……という経験はだれもが一度はしたことがあると思います。聴覚と記憶と脳の間で行われる情報処理は、個人差はあるかもしれませんがとても高次な機能と言えるでしょう。コミュニケーションにおいては聴覚に訴える方法も効果が期待できるわけです。たとえば話し声のトーンに気をつけたり、ふだんから和服着用が多い方であれば衣擦れの音で覚えてもらえる可能性も。そして、相手に不快な音をさせないことも重要。かかとがすり減ったヒールの音、携帯の着信音(ボリュームや選曲)などには注意しなければなりません。 
 
 さて、嗅覚ですが、五感の中でも特別な存在とされています。嗅覚がほかの感覚と違う点は「大脳辺縁系」と直接つながっているところ。ここには、感情や食欲などを司どる「海馬・扁桃体」があるため、匂いは本能や感情を直接呼び起こすのです。そのヒトにとって特別な香りを嗅がせたとき、香りに由来する思い出がフラッシュバックする現象を「プルースト効果」と言います。たとえば、香水の香りで、その香水を愛用していたかつての恋人を思い出す……。ケーキが焼ける甘い匂いで母親を思い出す……など。つまり、香りと共にインプットされた記憶は、香りが引き金となって甦らせることも可能なのです。いつも同じ香水を愛用しておくと他人に覚えてもらいやすくなりそうですね。仕事とプライベートで香りを使い分けると自分自身の気持ちの切り換えやモチベーションアップにも役立ちます。
 ヒトは触覚からも多くの情報を得ています。硬い・柔らかない・温かい・冷たい・なめらか・でこぼこしている……などなど。そして、日常生活においての触感には往々にして感情も伴っています。「柔らかい=心地いい」「硬い=痛い」など、その状況によって感情も変化します。相手に対して心地よさを伴う触感が与えられれば、その後の人間関係にも役立ちます。たとえば、握手をしたときのやわらかでなめらかな手、高品質で肌触りがよい服の感触などを活用することで相手に好印象を与えることができれば記憶にも残りやすくなります。次の対面において気持ちがいいコミュニケーションへとつながります。

 味覚は舌の「味蕾」という部分から得た情報が脳で処理されるのですが、嗅覚からの情報とセットになることが多いようです。ファッションにおいて味覚が登場する場面はあまり無いので、ここではふれません。ただ、「あの人、味があるね」と他人から言われるような個性を出すことができれば、視覚に訴えやすく記憶に残りそうですね。

2015年4月8日水曜日

第4章 「第五感」とプラスワンを駆使する

第4章 「第五感」とプラスワンを駆使する

●第六感でコミュニケーション

「第六感」とは、何でしょう。大辞泉によると「五感以外にあって五感を超えるものの意。理屈では説明のつかない、鋭く本質をつかむ心の働き。インスピレーション。勘。直感。霊感」などとあります。第六感の身近な例として挙げられるのが「虫の知らせ」。これは、あまりよくない事象が起こる前に体験する、いわゆる「胸騒ぎ」。何の脈絡もなく、ある人のことが気にかかっていたら、後日、その人に何かが起こったことを知る……というような体験談を聴いたり、実際にじぶんが体験したことがある人も少なくありません。この第六感の正体を突き詰めるべく、いろいろな研究がなされています。
 物理学者のクラウス・シュルテンは、1970年代に「鳥類は網膜で捉える磁気感覚に頼って移動する」という説を提唱。この磁気感覚は「クリプトクロム」という特殊なタンパク質の働きを利用して得られるそうで、人間の網膜にも備わっているとか。「クリプトクロム」が地球の磁場に影響を受けることで鳥類は磁場を視覚としてとらえていると指摘されているそうです。米・マサチューセッツ州医科大学の神経生物学者であるスティーブンレパート氏が、人の「クリプトクロム」をショウジョウバエの網膜に注入し、羽に巻いたコイルに電気を流して地球の磁場と類似する磁器を発生させたところ、地磁気を感知した行動を示すという実験結果に。この結果から、人間の「クリプトクロム」も地磁気に感応できると考えられるのです。地球の地磁気を感知する能力を第五感の他にある第六感とするなら、人間には第六感が備わっていることがこの実験から証明されるわけです。
 対して「第六感は存在せず、それは脳の働きとして説明できる」としたのがオーストラリア・メルボルン大学心理学科のハウ博士の研究です。ハウ博士は被験者に女性の写真を1.5秒見せた後、1秒ほど間を置き、再び同じ写真を見せるという実験を行いました。実験のなかで数回は髪型やアクセサリーなどに少し相違点を設けた写真を混ぜ、被験者が認識できるかどうかの反応を見たとか。結果、被験者が微妙に異なる写真のセットを見せられた場合、細かいポイントの指摘はできなくとも「何かが違った」と感覚的にはわかったそうです。人物写真以外で同様の実験を行った場合も、結果は同じだったとか。博士はこの結果から第六感とは「脳が情報を処理する充分な時間が与えられなかったために起こる勘違い」だと結論。五感によって知覚した情報ではあるものの、脳が具体的な処理結果が出せない場合、そのあやふやさから第六感だと感じてしまうというわけです。
  第六感に関して、違うアプローチをしてみます。いわゆる「女のカン」について。一般的に女性は男性よりカンが働くとされ、恋人や伴侶の嘘をカンタンに見破るのも女性の特技とされています。一説によると、これは脳の構造の違いがなせるワザであるとか。というのも、右脳と左脳をつなぐ「脳梁」という部分が、男性に比べて女性のほうが1.5倍も太く、細胞が密集しているため、右脳と左脳の情報交換が適切に行われるのも女性なのだそうです。それゆえ、男性の些細な変化を見逃さない。これが「女のカン」の裏付けになるわけです。
 第六感があるのか、無いのかについて、科学的にはいまだ答えは出ていません。ただし、心理学的に言えば、人には第六感はあります。つまり、ヒトは五感から得た情報だけで物事を判断している訳ではないということ。五感から取入れた情報にいままでの経験や知識、好みなどからなる個人独自のフィルターにかけて答えをはじき出しているはずです。これを意識下の潜在意識で、ほんの一瞬のうちに行っています。この個人独自のフィルターは感性と言い換えてもいいかもしれません。
 ここで「エピソード記憶」なるものについて、少しお話しします。エピソード記憶とは、個人の経験の記憶のこと。いわゆる「思い出」などのこと。たとえば、今朝は何時に起きたとか、どこに誰と行った……といったじぶんの過去の経験に関する記憶。エピソード記憶には経験そのものと、時間や当時のじぶんの心理状態の記憶も含まれます。1970年代に心理学者であるエンダル・タルヴィングが提唱しました。エピソード記憶は、その名のとおりエピソードの記憶であり、意識せずとも記憶に刻み込まれているものがほとんど。参考までに、試験勉強などで英単語や歴史など、暗記して覚えたものは「意味記憶」と呼ばれます。
 エピソード記憶は必要に応じて取り出すことが可能な記憶ですが、意識していなくてもその人の内面に存在しており、ときとしてそれが第六感の正体になるのではないでしょうか。家族や友人のちょっとした仕草や物の言い方と過去の体験を照らし合わせ、そのときの結果に基づき未来を予測する。その予測がズバリ的中したとき、人は「カンが働いた」と思うはずです。
 もうひとつ、直感なるものの仕組みを心理学的に「適応性無意識」と言います。心理学者ティモシー・D・ウイルソンは著書に「高度な思考の多くを無意識に譲り渡してこそ、心は効率よく働ける」と記しており、人は状況に応じて思考を意識・無意識のどちらか最適なほうを選択しているとも述べています(「自分を知り、自分を替える;適応的無意識の心理学」より参照)。つまり、ときと場合に応じては筋道を立ててじっくり考えるよりも瞬時の判断が功を奏することもあり、人はそれを本能的に選択していると考えられるのです。人類の歴史の中で、きびしい環境のなかで生き残るために脳や心も複雑に進化を遂げてきたのでしょう。
 私たちが日常のなかで第六感や直感だと感じる心の働きは、過去の経験から蓄積されたデータを脳や心が上手に利用して、そこから引出したものだとも言えます。第六感を磨くためには、いろいろな体験を積み重ねるために好奇心旺盛に生きていくことが、重要な鍵になりそうです。

コラム「第六感だけではない!? 第七感、第八感も存在する?」

 第七感・第八感は、あまり耳にしたことがない言葉で、大乗仏教用語。第七感は「末那識(まなしき)」といい、「諸感覚や意識を統括して、自己という意識を生み出す心のはたらき。自己意識。空(くう)の考えに反する謝った意識とされる。唯識思想の八識の第七」(三省堂「大辞林」参照)とあります。簡単に言うと、意識せずとも自然にわき起こる感情や感覚のこと、のようです。「末那識」があるがゆえ、人は心の葛藤を抱えたり、感情に流されるなどして悩み、苦しむというのが仏教の考え方。第八感は「阿頼耶識(あらやしき)」と呼ばれ、これは現世を超越した過去性も含めた深層意識の世界を表しているようです。第七感や第八感は、仏教を理解していないとなかなか難しい領域なので、ここではくわしくは取りあげませんが知識として知っておくのもいいですね。